頭の隙間のダイアログ

日記。筆記開示。オートマティズムの精神。自己対話。

陽だまり

昨日通りを歩いていたときに見たポスト。コンクリのブロック塀と投函口が一体化しているタイプの郵便受け。風が吹いていて、その影響なのか、かんかんかんと鳴る。一定のリズムで音がするので、なにかと思い近寄って、見ると、口の部分がパタパタと開閉している。

 

眠っても眠っても、ひどく眠く、ずっと寝ている。寝る前の外の色と、起きてからの外の色が同じなので、昨日と今日と明日の境目がなくなる。

 

ツイッターを開いて、タイムラインを眺めてみる。見覚えのあるアイコン、見覚えのある名前。でも、なにを喋ってるのかわからない。みんなして、なんの話をしているの、それって?このツイートを、一秒前に見た気がする。一分前か、一週間前かも。ほどけてしまった意味の、元の形を想像するための、神経の使い方を手繰り寄せるために、脳を絞る……

 

夢でよく見る海辺の廃ホテル。エレベーターを使い、鉄骨を伝って、最上階にのぼると六畳一間程度の和室。ここには初めて来た。海が見渡せる。海面に御殿が見える。僕はいたく感心している。和室には先客が老人ばかり十人前後。見るのは、初めてか、そんなに感心するようなものかね。日焼けして、頭のはげた痩身の中年男性が、嬉しそうに話しかけてくる。途端に眼前に広がる景色が、ありふれた取るに足らないものに変わる。僕は内心がっかりする。

 

仕事は、今では同じルーティンを繰り返すだけになり、しかもそのほとんどを、一人きりで過ごすことができるので、ずいぶんと心を潰す時間が減った。それでも先日、小さな失敗をして、小さな叱責を受け、またそれが久しぶりだったこともあり、危うく折れかける。心底、笑ってしまう。僕の貧弱な神経は、どんな些細なことでも、一事を大事に捉えて悲鳴を上げる、ヒステリーの癖があり、そのためにやたらに気を張って、疲れる。体はそんな風なのに、頭はからっぽで、何、つまらないことと、一蹴して笑う。僕は、この場にいる誰にも敬意を払えないないし、愛着もこだわりもなければ、善し悪しの基準ひとつとっても、どれもなにも同意できないし、すべてはまるで自分に関係がない世界だと思ってる。それが奇譚のない本心。昔の僕であれば、必要以上に打ちひしがれて、きみたちを絶対と崇め、自分を悪人と断罪し改心を迫り、あとはもう、矯正、矯正。でも、それももう、やめてしまった。

……の一員としての意識を持ってもらって。私には関係ないから、じゃなくてさ……

態度か表情に出るのか、そのことずばりの警句を含んだ注文に、一瞬驚く。どきりとして、次の瞬間にはバカみたいに、しおらしくなっている。情動性分泌が促進され、その抑制のため緊張、硬直した筋肉と裏腹に、悪態の止まらない脳内、面従腹背。プロ意識。それは子供のごっこ遊びの延長で、敬服や礼儀とは、単にポーズのことを指すのであり、誰も大真面目に、額面通り受け止めなどしない。ポーズはなんだってよく、例えば、怪鳥のような声を上げるとか、そういうの。みんなが怪鳥の声を上げてるんだから、あなたもそれに習うべきだ。一緒に糞を漏らそう!そしてその糞を食うんだ!そんな要求ばかりだ。いつも思うが、礼節だのしきたりだの、よくそんなことを真顔で、他人に強いられる。そんなのは愛好会のメンバーでだけやってくれ。いけないな、僕がメンバーのうちに数えられてること、忘れていた、ごめん。でも全然、知ったことじゃない……僕は変態倶楽部の一員になった覚えはない。ひたすらに、一人でいたい。家に帰って、鍵を閉めて、冷たくて白い、清潔な寝具にくるまって、自分に都合のいい、甘い空想の世界で、グロテスクな王になるんです。あはは。ダンゴムシになって、足の裏を見続けるのが、せいぜい僕の使える、精一杯の逃げ道。一人でいたいといって、「自分以外」は全部「外敵」で処理して、縮こまって怯えて、警戒して威嚇して、肝心のところがちっとも、変わらねえんでやんの。それも、でも昔はもっとひどかったっけ。時折、思い出したように、その時期の感覚が、痛覚ごと復元される。思春期。煮えたぎるような、憂鬱の味のする、どす黒い怒り。それが息になって吐き出てくるのを、手で指で抑え、漏れるのを誤魔化すために、笑う、泣く、隠す。人の、存在の膜。視線。同じ空間を共有しているということ。僕は影の中、あなた達が照らすサーチライトを避ける、見つからないよう、責められないよう、逃げ隠れ、細胞という細胞は、その瞬間からの逃走のためだけに、沸騰するほど泡立ち、血管中を駆け回る。今も変わらない。僕はおよそ反社会的で、それをおそれ、嘘をつくばかり。ダンゴムシになって、足の裏を見る。

 

幼少の時分から、自意識の過剰は人一倍。風吹くべしと念じ、風が吹けば、これこそは僕のために吹いた風と信じる性根の持ち主。ちやほやと可愛がられ、それを真に受ける。僕は少女で、彼女を憎んだ。なにかとつまらない記憶を誇張し、味がしなくなるまで思い出しては、憐憫を目的に脳裏に刻む。手桶から顔に、水をかけて口を封じる母、残したおかずの椎茸を、口に押し込む保育士、母に病気の性器を見せる祖母、噂話をする友人たち、無邪気で些細な暴力。人々の作る、怒りの表情、悲しみの表情、優越感と悪意と、好奇心に浮かれた顔。

 

椿の首から落ちたのがまだ、踏まれも萎びもせずに転がっている。拾って、花粉を払い、ポケットに突っ込む。ポケットに手をつっこんだまま、花弁を撫でる。すべすべと冷たく、柔らかい。

 

駅の中に入った二階の喫茶店、ガラスの向こうで笑っている女、母より一つ二つ年は下に見える、その笑顔、眉間に、しばし釘付けになる。ヒールを履いた黒いファーコートの男。違う。スポーツシューズだ。なんだ……。足元を走っていく電車は、五分おきに流れていく。駅に入る前に一本見送って、駅に入ってからすぐに着いた次の電車に、乗って帰る。春の、午後の、白い月。ポクポクと木魚を叩く音が、人波に沿って階段を降りながら、一際異彩を放って、聞こえてくる。今度こそ、ヒール。