頭の隙間のダイアログ

日記。筆記開示。オートマティズムの精神。自己対話。

バトン

めためた久しぶりに更新。生きてます。

定期的にブログになにごとか書き殴りたくなる周期はあったものの、実際に書き殴るに至らないで衝動が失せるばかりだったので、失せるに任せていたら半年経ってるっていうね。夏だね。相変わらずインターネットは毎日みてるしだらだら延命してます。

 

本題。

hasriqさん(id:hasriq)がブロガーバトンなるものをやっていて、僕の名前も挙げてくれていた。ので、せっかくなんでやってみようかと思い腰を上げた次第です。

ていうか僕の紹介文読んだけど美化されまくりでキョドる。そんな深いものの見方とか全然できていないが。いやいや、hasriqさんからそう見えているならhasriqさんの感受性がそれだけのなにかを感じ取っているということなのでしょう。はい。どうもです。照れますね。

hasriqさんのブログ。やっぱり読んでてうわ、わかる、と思う瞬間が多い。僕からすると環境や経験自体にそんなに共通点がある感じはしないんだけど、考え方そのものが妙に馴染み深いというか、身に覚えがあるというか。一個の体験から連鎖的にあれこれ連想したり思索を展開したり、その結果深みにはまったり。そういう性質を若干自嘲的に捉えていながらもやめられないところとか。ブログの方針そのものも似てるし、なにかとシンパシーを感じる。って感じで共感することが多いんだけど、hasriqさんが英語圏の情報から得た気づきとか、生活圏内から垣間見える日常とか書いてるの読むときには、単純に自分では知りようのない世界に触れられてわくわくします。それから全然共通してないところでいうと、僕は人に対してマジで排他的つーか警戒と敵意を抱きまくって視野狭窄に陥るタイプなんだけど、hasriqさんはその点が全然違ってて、どんだけ対象に負の感情を持ってたとしても根本的な部分で寛容というか、他者に対する親愛の情みたいのがあってそれが溢れてる。それが文章にも表れていて抑えきれない感じなのがとても好ましいですね。

と、そんなhasriqさんからバトンを受け取りました。どうもありがとうございます!

 

テンプレ

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簡素っ

 

・一番古い記事

ニートの頃の日記だ。日記というか頭の中身ぶちまけてるだけですが。今もニートみたいなもんだし。このころとにかく混乱動揺してて頭の中身をぶちまける場所を強く求めてた。今でもそれは変わらないけど、この時期に比べるとだいぶ気が晴れて満足した節がある。ぶちまけられる場所があるという安全基地感を得られたのはやっぱ大きかったと思う。よかったですね。

 

・お気に入り

そのとき読んでたsyrup16gと街を歩いてて聞こえてくる音と声とが有機的に血肉になる感覚があったので記録的に書いたやつ。と写真。形に残してるからこの日の感覚が今でもまだ再生できるのがすごい。

 

 

・次に回したい人

hasriqさんにならい、バトン回すってより単に好きな人の好きなとこ挙げる形式で。というか機に乗じてこの項を書きたいだけだったり。

お二方とも更新停止して久しいため、実質アンカーです。そしてもし気づいても任意参加のやつなんでスルーしていいです。

 

平山タンバリンさん(id:maxm)

毎回、平山さんの飼っているコガネオオトカゲのウルカへの挨拶から始まる記事は、平山さんのひらめきや観察、跳躍に満ちた発想で自在に綴られ、ウルカの食事記録で〆られる。想像の飛躍は時に荒唐無稽で、夢のようでもある。遊び心に富んだ鋭い感性で切り取られた世界は短編小説の形で表され、シニカルでハードボイルド、そんでお茶目。たまんないです。写真もかっこいい。SNSでバズってるものを漫然と惰性で眺めてるだけじゃ間違いなく出会えなかったし読めなかったので、平山さんのブログをはじめて見つけたときははてなでブログやっててよかったとマジで思った。

以下好きな記事紹介。

 

コガネオオトカゲ - オオトカゲに情けはあるのか

ウルカお目見え。実は読みはじめのころ、さかのぼってこの記事見つけるまでウルカがほんとに実在してると思ってなかった。なんならウルカがトカゲってこともデュビアがなんなのかも知らなかったので、なんかの神様なのかと思ってた。概念の存在じゃなかった。

 

3 - オオトカゲに情けはあるのか

夏休みの新幹線、幼い3つ子の姉妹、淡々とした語りと気づき。最高。

 

クラマ - オオトカゲに情けはあるのか

多分着想自体は車、からはじまってるんだと思うけど、クラマの生体や、人間、生活との結びつきがSF的に描写されていくにつれ、ほんとにクラマって生き物がいる世界が浮き彫りになって感じられぞくぞくする。文章がひたすら美しくて泣きそうになる。

 

いっぱい好きな記事紹介したいけどきりないし全然絞れなかったので、迷った末おすすめ記事まとめリンク集みたいな形に。加減しろばか!いやだって全部いいし…形に残しといたらいつか誰かがこれら珠玉の記事の数々を知る可能性がちょっとでも高まるかもしれないし…ボソボソ。ということで平山節を浴びて下さい、推す。

色彩は夜に降る - オオトカゲに情けはあるのか

走るか - オオトカゲに情けはあるのか

ゴッドスピードユー - オオトカゲに情けはあるのか  

強いグリーンの髪と首に棘をもつサル - オオトカゲに情けはあるのか 

忘れてしまわないようにここに書いておこう - オオトカゲに情けはあるのか 

どうも、幽霊です - オオトカゲに情けはあるのか

モイストで育てる - オオトカゲに情けはあるのか

アット・ザ・ドライヴイン - オオトカゲに情けはあるのか

お前、だれだよ - オオトカゲに情けはあるのか

みんなさようなら - オオトカゲに情けはあるのか

パプリカを囓る忍者 - オオトカゲに情けはあるのか

森が膨張したようだ - オオトカゲに情けはあるのか

エレキギターと同じ大きさの穴 - オオトカゲに情けはあるのか

凍えそうにしているつまさき - オオトカゲに情けはあるのか

大蜥蜴とマリーゴールドの花 - オオトカゲに情けはあるのか

イグアナのプッチンプリン - オオトカゲに情けはあるのか

平山ダイジェスト - オオトカゲに情けはあるのか

 

 

手前さん(id:temae)

平山さんのブログを読んでいたら名前が出てきたので、へーと思ってアクセスしてみたら、とんでもなくよくて震えました。日記や雑記の形式で、日々手前さんの思ったことや日常の一幕なんかがラフに綴られているんだけど、それがなんとも言えず自然体でのびのびとしていて、手前さんの見たもの感じたものを手前さんの目を通して見るって体験ができる、それが読んでいてすごく嬉しいというか、大袈裟に言うと救われたような気持ちになるというかね…とにかく人柄が愛おしいです。素直で真摯で、真面目ゆえに思い詰めやすかったり絶望を感じやすかったり、そういうの全部愛おしいですね。そしてオモロなんですわ…。笑いへの感度が高く、サービス精神をともなって遺憾なくその感性が表現されており、読んでてニヤニヤが止まらない。繊細に気をくばれる人ならではの読者を置いて行くまいと意識した目配せを欠かさないんだけど、その気遣いとオモロへのハンドルさばきが癖になる、大好きですね。

ということで以下好きな記事。

 

雑炊地獄 - 手前の雑記

雑炊の写真におしゃれなフィルターをね、なるほどね、とか思いながら読み進めてたらだんだん様子がおかしくなってきて最終的にそうなるとはね。おもしろすぎるんだよな…

 

さまざまなWAON - 手前の雑記

これ見てWAONが好きになりました

 

バイト前といったら逃げ - 手前の雑記

自由すぎる(そして気のいい読者の人々)

 

アイエヌユー - 手前の雑記

犬各々の煩悩、いい。アクセショップはその後開かれたのか。

 

ほぼ個人的なお手紙です - 手前の雑記

好きな記事というかその節はありがとうございましたというか この丁寧なお返事からだけでも手前さんの誠実さ人のよさがわかるよね……

 

 

以上です。

ひたすら勢いで書いたからあとで後悔する予感しかない。

~おわり~

陽だまり

昨日通りを歩いていたときに見たポスト。コンクリのブロック塀と投函口が一体化しているタイプの郵便受け。風が吹いていて、その影響なのか、かんかんかんと鳴る。一定のリズムで音がするので、なにかと思い近寄って、見ると、口の部分がパタパタと開閉している。

 

眠っても眠っても、ひどく眠く、ずっと寝ている。寝る前の外の色と、起きてからの外の色が同じなので、昨日と今日と明日の境目がなくなる。

 

ツイッターを開いて、タイムラインを眺めてみる。見覚えのあるアイコン、見覚えのある名前。でも、なにを喋ってるのかわからない。みんなして、なんの話をしているの、それって?このツイートを、一秒前に見た気がする。一分前か、一週間前かも。ほどけてしまった意味の、元の形を想像するための、神経の使い方を手繰り寄せるために、脳を絞る……

 

夢でよく見る海辺の廃ホテル。エレベーターを使い、鉄骨を伝って、最上階にのぼると六畳一間程度の和室。ここには初めて来た。海が見渡せる。海面に御殿が見える。僕はいたく感心している。和室には先客が老人ばかり十人前後。見るのは、初めてか、そんなに感心するようなものかね。日焼けして、頭のはげた痩身の中年男性が、嬉しそうに話しかけてくる。途端に眼前に広がる景色が、ありふれた取るに足らないものに変わる。僕は内心がっかりする。

 

仕事は、今では同じルーティンを繰り返すだけになり、しかもそのほとんどを、一人きりで過ごすことができるので、ずいぶんと心を潰す時間が減った。それでも先日、小さな失敗をして、小さな叱責を受け、またそれが久しぶりだったこともあり、危うく折れかける。心底、笑ってしまう。僕の貧弱な神経は、どんな些細なことでも、一事を大事に捉えて悲鳴を上げる、ヒステリーの癖があり、そのためにやたらに気を張って、疲れる。体はそんな風なのに、頭はからっぽで、何、つまらないことと、一蹴して笑う。僕は、この場にいる誰にも敬意を払えないないし、愛着もこだわりもなければ、善し悪しの基準ひとつとっても、どれもなにも同意できないし、すべてはまるで自分に関係がない世界だと思ってる。それが奇譚のない本心。昔の僕であれば、必要以上に打ちひしがれて、きみたちを絶対と崇め、自分を悪人と断罪し改心を迫り、あとはもう、矯正、矯正。でも、それももう、やめてしまった。

……の一員としての意識を持ってもらって。私には関係ないから、じゃなくてさ……

態度か表情に出るのか、そのことずばりの警句を含んだ注文に、一瞬驚く。どきりとして、次の瞬間にはバカみたいに、しおらしくなっている。情動性分泌が促進され、その抑制のため緊張、硬直した筋肉と裏腹に、悪態の止まらない脳内、面従腹背。プロ意識。それは子供のごっこ遊びの延長で、敬服や礼儀とは、単にポーズのことを指すのであり、誰も大真面目に、額面通り受け止めなどしない。ポーズはなんだってよく、例えば、怪鳥のような声を上げるとか、そういうの。みんなが怪鳥の声を上げてるんだから、あなたもそれに習うべきだ。一緒に糞を漏らそう!そしてその糞を食うんだ!そんな要求ばかりだ。いつも思うが、礼節だのしきたりだの、よくそんなことを真顔で、他人に強いられる。そんなのは愛好会のメンバーでだけやってくれ。いけないな、僕がメンバーのうちに数えられてること、忘れていた、ごめん。でも全然、知ったことじゃない……僕は変態倶楽部の一員になった覚えはない。ひたすらに、一人でいたい。家に帰って、鍵を閉めて、冷たくて白い、清潔な寝具にくるまって、自分に都合のいい、甘い空想の世界で、グロテスクな王になるんです。あはは。ダンゴムシになって、足の裏を見続けるのが、せいぜい僕の使える、精一杯の逃げ道。一人でいたいといって、「自分以外」は全部「外敵」で処理して、縮こまって怯えて、警戒して威嚇して、肝心のところがちっとも、変わらねえんでやんの。それも、でも昔はもっとひどかったっけ。時折、思い出したように、その時期の感覚が、痛覚ごと復元される。思春期。煮えたぎるような、憂鬱の味のする、どす黒い怒り。それが息になって吐き出てくるのを、手で指で抑え、漏れるのを誤魔化すために、笑う、泣く、隠す。人の、存在の膜。視線。同じ空間を共有しているということ。僕は影の中、あなた達が照らすサーチライトを避ける、見つからないよう、責められないよう、逃げ隠れ、細胞という細胞は、その瞬間からの逃走のためだけに、沸騰するほど泡立ち、血管中を駆け回る。今も変わらない。僕はおよそ反社会的で、それをおそれ、嘘をつくばかり。ダンゴムシになって、足の裏を見る。

 

幼少の時分から、自意識の過剰は人一倍。風吹くべしと念じ、風が吹けば、これこそは僕のために吹いた風と信じる性根の持ち主。ちやほやと可愛がられ、それを真に受ける。僕は少女で、彼女を憎んだ。なにかとつまらない記憶を誇張し、味がしなくなるまで思い出しては、憐憫を目的に脳裏に刻む。手桶から顔に、水をかけて口を封じる母、残したおかずの椎茸を、口に押し込む保育士、母に病気の性器を見せる祖母、噂話をする友人たち、無邪気で些細な暴力。人々の作る、怒りの表情、悲しみの表情、優越感と悪意と、好奇心に浮かれた顔。

 

椿の首から落ちたのがまだ、踏まれも萎びもせずに転がっている。拾って、花粉を払い、ポケットに突っ込む。ポケットに手をつっこんだまま、花弁を撫でる。すべすべと冷たく、柔らかい。

 

駅の中に入った二階の喫茶店、ガラスの向こうで笑っている女、母より一つ二つ年は下に見える、その笑顔、眉間に、しばし釘付けになる。ヒールを履いた黒いファーコートの男。違う。スポーツシューズだ。なんだ……。足元を走っていく電車は、五分おきに流れていく。駅に入る前に一本見送って、駅に入ってからすぐに着いた次の電車に、乗って帰る。春の、午後の、白い月。ポクポクと木魚を叩く音が、人波に沿って階段を降りながら、一際異彩を放って、聞こえてくる。今度こそ、ヒール。

おめでとう

すごく春って感じの天気だった。

バイトの帰りに近場の公園や大通りをたらたらと歩いた。ぼんやりしていて暖かで、のどかすぎて気絶しそうだ。

公園を挟んで、印刷会社がいくつも建っている通り。日陰になったゆるやかな上り坂を歩いていく。ガードレールの反対側からなにか匂いがする。冷たく甘く、清廉な匂い。水色という概念を香りにするとこういう匂いになるだろうか。水色と、それに少し桃色。水色と桃色の匂いがする、その言葉の並びを、何度か反芻。

空が淡く霞んで、天辺には白い月が見える。10年も昔に書いた、一編の詩を思い出す。二羽のカラスと、舟と、湖、午睡の気配に、煙、白昼の月を切り取った詩。

見上げるほど高くそびえた工事現場の、クレーンの首々、歩道の真ん中をまさに今横断していく、太ったスズメ。スーパーの店先に赤く光る、苺の山。ベビーカーを引く西洋人の男が、覆いの中から伸びてくる、丸い子供の手にハイタッチをする。すっかり踏みしだかれて、乾いた汁で汚れた椿の花のくすみ、濁り、一面に。

意識は、昨夜から続く頭痛で朦朧。今朝は鉛のような重い覚醒の後で、夢の体を、繊維ごと引きずって起きた。

先月の終わり配信されたシロップの無観客ライブ、1日目の、生きたいよ、I・M・N、ラファータ、向日葵、理想的なスピードで、の流れが、ぬるい気流に乗って、頭の中で、グルグルし続ける。あー。

どうでもいい

労働ってなんなんでしょうか。

ていうかみんななんで生きてるの?ねぇ?

理由がないと生きていけないと思ってるから多分つらいんだよね。

理由なくても生きられるし、ていうか理由とか別にない。

理由を求めるのって理性が因果関係をはっきりさせようとする習性がもたらす弊害だよ、悪癖だよ。

無意味に生きて無意味に死ぬんだよ。

こう……手のひらがあって、その上に意識がある。

手のひらの上の範囲のものしか意識には世界が見えない、手のひらの外にあるものは見えてない。

そうじゃないですか?

それで、手のひらの上に乗り続けているために苦心するのってなんのためなんですか?

なんで自分は手のひらの上に居続けねばならないと思うんですか?

世界の岸、その淵に立って歩いたり、わざわざ淵から外や奥を覗き込んで見るために、手のひらの上に乗り続けている必要はない。

そこから落ちればいい。

人間的な充足。

自由と幸福。

食い扶持。

使役と忍従。

どうして、なんのために?

本能。

学習。

どこからどこまでが?

楽しいこと、嬉しいこと。悲しいこと、腹の立つこと。

社会。

群れ。個人。生活。繁殖。環境と目的に最適化された機能、文明。正気を失わないためには些細なことに喜びを見出す顕微鏡的な視点を持つことだ。望遠鏡を覗いていても月に手は届かない。おまえの指の腹を見てごらん。関節の影、爪の反射とを。機能的かつ超自然的。意識も同様である。理由を問うのは疲れたろう。おまえの筋肉は硬くへんに後ろ暗い部位で鍛わっている、それはおまえをくるしめるばかりか盲にした、聾にした。ついにきみは石を飲んでクタバッてしまう。軟らかい月の形を夢に見ながらその青にそっくりの病んで痩けた舌を焼べる。街では生き物が歌い、貪欲と争奪が空を舞う、きみは泣き、探す。胸をしばる長い紐、一本のいとであまれた経かたびら、言葉を。さめざめと慰め。葬列はとおく長く果てなく輪を描く、左様ならばこれにて、旅は終わり、劇は閉幕、区切りなく辿りつかない未開の夜に届く、おまえの石は月になる、コロナを求める青舌に!燃える言葉をちりじりに吐き、呪う姿はしゃれこうべ、天を地を指し臓腑を肥やし囃子を誹る遊覧船、吐けよ歌えよげにうるわしい新人類の御開帳、やれ花吹雪それ珠簾、なあきみ、そうしてきみはいずれのうちにもおのずから建てた伽藍の中で再びに溺れ死ぬだろう。笑っているね。それは寂しさか?インクの詰まり。プラスチック製の絶叫。砂礫。穴の空いた背中。春の雨の散弾がうがつ穴の先端にこぼれ流れる血。首を吊る赤ん坊。その玉虫色の瞳。で、顕微鏡を覗いた先になにを見るんだって、ケツの穴?