頭の隙間のダイアログ

日記。筆記開示。オートマティズムの精神。自己対話。

奉納1

最近自分ってまじでなんもねえなと思って、しみじみ。

定期的に自分が過去どんな人間だったか思いを馳せるんだけど、毎回頭空っぽだな~と思うし今も頭空っぽや。

10歳の頃とかのデータがHDDに残ってるから、いつでもタイムスリップして過去どんな人間だったか目視できるんだけど。

手打ちでHTML書いて個人サイト作るのにめっちゃはまってた時期があって、デザインの型だけいっぱい作って中身はスカスカみたいなのが山程残ってる。コンテンツは日記と詩と写真っていう。やっぱ変わってないやん。

ネットはまりたてって感じで、見よう見まねで文体を試行錯誤してるのが垣間見えるんだけど。(ぉぃ とかorzとか使っちゃったりして。全体的にテンションだけで乗り切ってて中身がない。まあ中身のなさをテンションで誤魔化すやつ、今でも普通にやってるし、オフラインで。真似てるのは文体だけじゃなくて、作法だったりものの考え方だったりとかもそうで、なんか改めて思ったけど僕ってインターネットで育ってきた人間なんすよね。小中学校は行ってないわ10年近く引きこもって家族以外とまともにコミュニケーション取ってないわ。僕にとって社会といえばインターネッツなんすよね。

オンラインで僕は、もちろんいろいろわきまえた人たちの中に無知なクソガキが特攻してる状態だということにすぐ気がついて、即意気消沈した。そりゃそうなる。で、じわじわ状況を把握するにつれ、あっ自分って根本的に浮いてるなと気づいた。どう浮いてるか。底が浅い!無なんですよね人間としてのいろいろが、高濃度高深度な人々と比べて。これは別に今でも思ってることだけど、まあそれが自分じゃんって思えるからいいんよ今は。ひどかったのは当時で、意気消沈、すぐ回復すればよかったけどね、それから10年以上自分の幼稚さに自己嫌悪し続けることになる。で最初は小さい種だった自己嫌悪が腫れて化膿して最悪の状態になった。すごいすごい、思い出してきた。

中身がないってのはそりゃ自然のなりゆきで、物事から受け取る情報の解像度が超粗いの。ものの見方が雑なの。あらゆるカテゴライズされたものをカテゴリー通りに受け取り続ける感じ。まあそういう状態のことを指して子供と呼ぶのか。でも楽しかったからな、なんも不満なくて、いやあったかもしれんけど忘れたし、あっても忘れる程度の不満だったし、嬉しいことがあったら嬉しいと言い、悲しければ悲しいと言い、ムカついたら怒って、美しいものには見惚れる。そういうすべてに制約がなかった。でもすぐに制約は作り出された。白紙状態の人間にいきなりいろいろ求めすぎだろと今は思うけど、当時はいろいろわきまえた人たちと無邪気な自分を対比しては、自己懲罰を繰り返した。なぜ無邪気でいられるんだと自分を叱った。無邪気でいてはいけない。無邪気は無知で、無知は悪だと思った。無知が人を傷つけるから。"人を傷つけることは悪いこと"だから。今はこれ、違うと思うよ。傷つけてしまうのが悪いんじゃなくて、傷つけてしまったあとの対処をおざなりにするのが問題なんじゃないの。究極、人はわかり合えないよ。でも、わかり合えないことそのものは悪でもなんでもない。人はわかり合えない、それを前提にしないからいろいろこじれるんじゃねえの、とすら思う。わかり合えないなら、わかり合うための方法を考えられる。でもわかり合えるのが自然だと思っていたら、わからないおまえは悪だ、間違ってる!ってなって、自分の正義の押し付け合いになるし、対立するし、戦争に発展する。やってらんねえ。

自己懲罰。なんかそういうね、個人-集団間のすり合わせに特化した精神構造は生まれるのが自然だと思うよ、だって社会的動物だし。でも懲罰のバリエーションとして、匿名掲示板の誹謗中傷を内在化したのが最悪だったな。自分の一挙手一投足にすばらしい罵倒の数々が飛んでくるんだけど、自分のどこがダメとか矯正の余地があるとか。全力で存在自体、自分を構成するあらゆる要素を逐一貶め、辱め、踏みにじり、捨て置く、そういうやり方で常時、全神経切り刻むような監視の目を自分に向けてた。自分の一挙手一投足が気になり自分のすべてが間違っているという感覚に取り憑かれた。完全に病気だな。いや自覚してたけど。

思い出した思い出した、その頃くらいからまじで人間全般に恐怖と不信を抱くようになって人の目に怯えだしたんだ。一般的に言って学校制度をボイコットする人間は非人間とみなされ、見つかるやいなや輪に加われ従え我慢しろの網に絡め取られ、自分は捕まり打擲され処刑される。そういうたぐいの恐怖。例の不登校ユーチューバーに対するコメント見てて、久々にその感覚思い出した。そして、ほらやっぱりな、と思った。実際は、当たり前だけど、全員が全員そういう思想なわけじゃない。当時の時点でフリースペースとかの施設も存在していて受け入れ先もあったんだし。続かなくて結局行かなかったけど。だから、人間全般、とか言って個人性を無視して一括りにして怯えるのもそれ自体がすごく雑で…。まあ人間をカテゴリーで見る方法じゃそう考えるようになるかって感じだし…。ていうか今でもその見方を引き継いでて、それに継ぎ足す形でアップデートしてるだけだけど…。嫌気がさすけど、だから、根本的に雑なんすよ、僕という人間は。

えっと、それで結局病気度MAXになっていよいよ自分の殻にこもり続けてた時期に高校行きだしたんだけど、通信制定時制のハイブリッドみたいなところで。そこでだいぶ病気が落ち着いた。

気づいたら半生振り返りだしてる。

もっとインターネッツについてほりさげようと思ってたのに。

まあいいや。

ついでに高校以降の記憶も記録として残したいけど眠いので今日は寝る。