頭の隙間のダイアログ

日記。筆記開示。オートマティズムの精神。自己対話。

労働日誌。

結局最初の約束通りの勤務時間でOKってことになった。みたいだ。よくわかんねえ。

自分の要求は非常識的でローカルルールを無視した悪魔のような人非人な言い分だったのかもしれない。と思うほどには結構攻撃的なメッセージをもらったので、もらった瞬間頭がスパークして後先考えず自分の思ってることを正直に(正直であることが世渡りにおいて美徳とは言えないことを自分は知っている)ぶん投げたんだけど、その後の反応は放置一辺倒で。だんだんスパークした怒りが沈着していき、変わりに罪悪感が、聞き馴染みのある重低音になって始終つきまとった。

攻撃的なメッセージ。ベテランと新人の自分を比較して「あなたの労働には時給分の価値がない」という指摘。そうだね。それは事実かもしれない。部分的には。自分なりにやれることはやってるつもりだけど、ベテランと比較されるとぐうの音も出んわ。自分だってそう思うけど、それを伝えてどうしたかったんよ。心折りたかったのか?ベテランに並ぶほどの労働力であるよう求めたんだろう。じゃあ目的が時給分の価値ある労働力として働かせることなのであれば、そのメッセージを伝えてくるのは逆効果だろ、と思った。

「もし勤務時間の変更を断られるとわかっていたら私はあなたを雇わなかった」あ、そうですか…。「境遇の改善を求めることができるのは支配人・経営者くらいで、一般の労働者には労働時間をコントロールすることは普通できない」そうだったんだ…じゃあパートタイム制って何。

あとは「当社ではワンランク上の仕事が求められる」「一言われたら十こなせ」「なぜ雇われたのか考えてみろ」みたいな漠然とした要求を長々。いやもう使えないと判断したならさっさと首切ってくれ。なけなしの自主性を発揮しているのに更に上の自主性を求められている。自主性ってなんだよ!マジでなんで雇われたのかは僕も大いに疑問です。「待遇のよい労働環境を求めるなら進学して"選べる"立場になるか別の会社探せば?」っていうアドバイス。それは、ほんとそう思う。思ってる。思ってた。

自分の返答としては、「ある程度の苦痛や我慢が必要でそれを減らせない場面があることもわかっているつもりだ。でも、避けることができるなら避けられたほうが無難だ」「労働時間に関しては最初の約束と違っているので困惑している」で通してたんだけど。

それで結局のところどうすればいいのっていうところの話が一切なく、結論を言ってくれと思った。勤務時間の変更については「絶対ではありません」と言っていたので強制はできないという意味だと判断した。自分も、あ、絶対じゃないのか、とか素直に信じて自分の希望を伝えてしまった。強制じゃないけど従わせたい、だから圧力かけて従わせようとしてたのか。多分そういうこと?今更だけど僕めっちゃアホでわろてる。察し悪~ いやなんとなく察しはしてたけど、察した内容に無条件で従うのが癪だったからつい歯向かってしまった。昔だったら絶対に唯々諾々と従っていた。今は、無理かもしれないけど言うだけ自己都合申告してみとこうという精神だった。それであんなブチキレられると思わなかった、察しが悪かったのはその点においてだと思う。いいや。違うな。もっとたくさん察しの悪い部分をかましてるはずだ。察しが悪いっていうのはつまり、「この場面においてはこうするのが自然」とされている行為をなにが自然なのか認識できないので「しない・できない」って状態だと思う。僕はなにが自然なのかをまったくわからないわけじゃない、けど暗黙の自然な行為が自分にとっての自然ではないからやらないでいた。でも、暗黙の自然な行為が、組織に馴染むための一員として求められているのなら、それはするべきことだったと思った。今僕は組織の一員として働いているので。それで、組織のルールに反して自分が集団の雰囲気を壊したり損なったり悪くしてるんだったら、実際悪魔のような人非人な行ないをしてしまって、申し訳なかったな。と思った。いややっぱりめちゃくちゃ察し悪いじゃねえか。そうだよ。僕には察しの悪い部分がある。一方で、自分とその命を殺したくないという要求が非難されることに対して、非難されようと、生きて我執が消えないうちはたぶんこの要求、自分の中からなくならないだろうから、自分にはそれを変えることができない、だからあまんじて非難を受け止める以外ない、と思った。でも、本当に変えることはできないんだろうか。そんなことはない気がする。諦めればいいんだ。自分の命を殺したくないという願望を諦めればいい。死にたがって、消えたがってるのは、それを諦められないからだ。自分の命を殺したくないという願望を諦められない自分をなくしたい。だったら抗うのをやめればいいんだ。ゆだねればいいんだ。そうじゃないですか?云々……

『内的世界に没頭するんじゃなく、今動いてる環境の仕組みに則ってそこに没頭しなよ。自分以外の存在とその集団とその集団が作り維持しているものを尊重しろよ。自分だけを尊重して他はおろそかにするならそんな尊重は単なる傲慢だ』

そうだ。傲慢だよ。知っている。僕は自分が傲慢であることを知っている。でもそれを自分に許した。同時に自分以外が傲慢であることも!自分を尊重することが傲慢だと言うなら、傲慢じゃないやつなんているのかこの世に。僕はいないと思う。誰しもが自分の欲求に従っている。自分の欲求でない欲求に従って生きている存在はない。「自分のものでない欲求」に従っているというなら、それは「自分のものでない欲求に従いたい」という欲求なんだから。

『禅問答はもう結構。非難の対象は"自分とその命を殺したくないという要求"じゃなくて、組織の維持における暗黙のルールに反してまで自分の都合を押し出そうとしてくることに対してだ。あなたの要求を通すことは組織としてのデメリットが大きくあなたが組織の維持を壊すようなことをするから、組織としてはそれを止めるよう言ったのにすぎない』

ああ、うん、そう思う。

人事の人以外が僕に対してどう思ってるのかは知らないけど、まあいい印象は与えてないんだろうなと想像している。みんな優しい。でも、表面上でならいくらでもにこやかにできる。僕はまともにコミュニケーションをはかっていないので、それが表面上の優しさなのか、本心ではちょっとは誠意を見せろよと思っているのか、まああなたがどうしようとあなたの問題だから、こちらに被害が及ばない限りは、と思っているのか、それはわからない。その全部の気もする。社内の構成としては、えらいひと3人、ベテランの職員ほどほど、新人ちょっと、っていう構成で…総数は多くない。これが超でかい規模の会社とかだったら最初からガッチリルールが決まってるだろうから通る自己都合も限られてる。ここにはなんかファジーで融通利きそうな部分があるから融通効くかなと思って試してみただけだ。効かないなら効かないでいいんだ、じゃあ諦められるから。でも、結局どっちつかずで、どっちなんだよ!いや融通は効くけどじゃあそれを通してもいいくらいには"役立てよ"っていう話なんじゃないですか?そういう話だろうなぁ。

 

やり取りの間に一回休日を挟んだ。なにを食べても食べ物がまずかった。なにに触れてもなにを見ていても、経済とそれを回す"役立つ人材"ありきで成り立っていた。そのような世界から逃げられないので、絶望的な気分になった。人の作ったなにかを見、読むたびに泣いていた。泣いていたというか、呼吸と泣くことが同列だった。泣かずには息ができない。悲しみを感じずには物事を受け止められない。物事は役立つか・価値があるか・経済的利益があるかで判断される。僕は無価値で役立たずで経済的利益がない自分を許し、存在させたかった。でも、ここではそうではいられない。それは悲しいことだ。でも、受け止めるしかない。ずっと嚥下しようと噛み続けてきた。役立たずは死ねというメッセージで辺りは満ちている。だから役に立たねばならない。簡単な話だ。こんな簡単なことを飲み込むのにも、甚大な苦痛が伴う。

一方で、無価値で無益で役に立たないものなどなにもないとも思う。すべては無益だ。すべてはいずれなくなる。価値の根拠や拠り所も。得てきた利益も。築き上げた利便性も。死の前に等しく消えて失われる。だったらどうにでもなれ。どうにでもあれ。どうであってもいい。どうでもいい。