頭の隙間のダイアログ

日記。筆記開示。オートマティズムの精神。自己対話。

闇に紅

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帰宅途中の学生やサラリーマン、買い物帰りの主婦、挨拶で盛り上がる住民など、生活にまぎれて、駅までの道を歩いた。

規則的な街灯、細く長い一本道、曲がり角からくたびれた老人が現れる。

例の、どちらがどちらの道を選ぶかの攻防の際、衝突までの短い距離の間で、僕は出方を測りかねていた。老人は胸の前で手を横にスライドさせ「この方向に避けて、君が道を譲れ」とジェスチャーで意思を示した。ぎょっとして、慌てて爺さんの目と鼻の先で動き、僕は彼を避けることに成功した。爺さんはこともなげだった。

あまりにも自然な「邪魔、どけ」という意味の仕草に、頭がしびれ、僕は動悸がするほど怒りを感じていた。

その瞬間僕は、虎になりたかった。

龍になりたかった。

魚雷に、鎌に、雷に、巨人に。

彼は意識を持った人間としてではなく、主導権を考慮する足らぬ障害物として僕と対峙したのだ、と僕の脳は判断していた。僕が主導権を握りたかったという話ではない。僕という人間に自立した意志の介在を認めないという匂いをかの人から嗅ぎ取り、衝動のままに沸騰が起きたのだった。かような僕の激しい思い込みは、クリティカル・シンキングに至るより前に、侮られ、ナメられたという被害意識がもたらす屈辱感で思考を止めていた。

感情を暴れさせた僕は復讐のため、爺さんにまったくのでたらめで田畑洋司という架空の名前を付け、彼の生活を想像した。

76歳。

一人暮らし。

趣味は酒を飲みながらのテレビと、スポーツ観戦、パチンコ、ラジオ、雑誌の切り抜き、俳句。

友人は近所に数人。妻とは離婚。子供は息子と娘が二人、都内で暮らしているが疎遠。運転技能で身を立てた。年金で生活。

爺さんについて歩き、彼が僕に振ったのと逆の手に持っていたコンビニ袋の中身を、これから帰って自宅で開封し、いつも受け取る使い捨ての割り箸でそれを食べるところを想像した。夜を反射する窓の外、僕は彼を眺める。彼が風呂に入るところを。手淫をするところを。万年床に横たわって明かりを落とし、付けたままのテレビに耳を傾けながらまどろむところを。彼の部屋の間取りや、家具の年季、彼のスクラップ、筆記帳の中身、キッチンや、押し入れの収納を僕は観察する。芸人の談話がテンポよく切り替わっていくブルーライトを背に、彼の枕元に立ち、寝顔を覗き込む。

架空の老人の架空の生活習慣を緻密に把握する空想によって、僕はいくらかの暗い満足を得ることに成功した。勝手な想像、一方的な決めつけ、それを基にして人物像を作り上げること、それは暴力で、僕は暴力を意識的に振るおうと試みていた。

田畑洋司は、僕が虎の姿をしていたら、目の前にいたのが龍だったら、僕が、過敏な感情と暴力性を備えたグロテスクな生き物だということを少しでも想像しただろうか。

スーパーで一週間弱の食料を買い込み、帰り道、夜に光る椿の頭を携帯カメラで撮影し、太った上弦の月を眺めてから、アパートの扉に手をかけた。